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    12/30/2007

    http://www.j-cfa.com/news/focus/2006/06-10-25.html

    漫画をめぐる日中関係

    信太 謙三 東洋大社会学部教授

    本の漫画やアニメは世界的にも高い評価を受けており、中国では漫画本市場の90%以上を日本の作品が占めているといわれる。特に、宮崎駿監督の人気は高く、「風の谷のナウシカ(風之谷)」「となりのトトロ(龍猫)」「天空の城ラピュタ(天空之城)」「千と千尋の神隠し(千与千尋)」「ハウルの動く城(哈爾的移動城堡)」はいずれもDVDが発売され、海賊版も横行している。
     麻生太郎外相がことし4月28日、東京・秋葉原のデジタルハリウッド大学で講演し、日本の漫画やアニメを外交にも生かしていくと表明したのも当然で、日本のイメージアップになるからだ。だが、この発言に一部の中国メディアが反発、「日本の漫画を警戒せよ」と題する特集記事を掲載した。“文化侵略”だというのだ。宮崎監督らにそんな気持ちがあるはずがない。政治は時として、民間の素直な交流をも捻じ曲げてしまう。

    かし、日本の作品が中国の漫画界に与えている影響は少なくない。中国の友人によると、日本の漫画が本格的に中国に流入していったのは改革・開放後の80年代初めで、手塚治虫の「鉄腕アトム(鉄臂阿童木)」や「ジャングル大帝(森林大帝)」が中国の子供たちの間で人気となり、漫画本は売れに売れたという。また、80年代後半に入ると、藤子不二夫の「ドラえもん(機器猫)」が中国でも大ヒット。筆者も北京で中国版「ドラえもん」全集を購入した記憶がある。
     その後、車田正美の「星闘士星矢(中国名も同じ)」や武内直子の「美少女戦士セーラームーン(美少女戦士)」などの作品が中国で人気を博し、主人公をモデルにしたフィギュアも売り出された。偽ブランド商品で有名だった上海の襄陽服飾市場にはドラえもん、ウルトラマン、ちび丸子ちゃん、ピカチューなど、日本漫画のキャラクター・グッズがあふれていた。

    国の漫画・アニメ市場は1000億元(1兆4800億円)規模ともいわれ、中国政府も漫画・アニメ産業の育成に力を入れている。その基礎となるのが優秀な漫画家やアニメ・クリエーターたちで、急速に部数を伸ばしている漫画雑誌から有望な若手漫画家が育ってきている。もちろん、日本の漫画やアニメで育ってきた世代で、日本の漫画を学び、それを超えることを目指している。
     手塚治虫はミッキーマウスを世に送り出した米国のウォルト・ディズニーの影響を強く受けた。文化は学び合うことによって発展していく。中国の漫画家たちがそのことを一番よく知っている。

     
    12/20/2007

    毛さんの挨拶文http://amaodq.exblog.jp/

     ご紹介預かりました、私はマオと申します。

     李鋭さんは、先週金曜日に日本に到着しました。まず大阪に入り、翌日の講演会を終えると、その日のうちに京都に移りました。私はよんどころない用事がありまして、どうしても北京に帰らなければならず、日曜日から北京に二泊して用事を済ませた後、本日の午後の便で直接東京入りいたしました。

     飛行機が遅れないとも限らないため、事前に挨拶を考えておきました。万が一飛行機が遅れたときには、申し訳ありませんが司会の方にかわりに読んでいただき、この李鋭さんの講演会についての私のご挨拶とさせていただきます。

     李鋭さんの略歴と紹介は、今日の席上でお配りする資料にかなり詳しく書いてありますので、ここで一々読み上げることは控えさせていただきます。私からは、ささやかなエピソードをご紹介するのみにとどめておきたいと思います。

     李鋭さんは、これまでに世界各国を訪問されておりますし、各地での講演会も数多く経験されていますが、日本に来られたのはこれが初めてです。

     中国の著名な作家が日本という国に初めて触れる瞬間の目撃者となれたことは、私にとってとても幸運なことだと考えております。

     国際交流基金さんが私の提案を聞き入れて下さり、開高健記念アジア作家講演会シリーズの一環として、このたびこうして李鋭さんを日本に招いて下さったことに、心から感謝を申し上げます。

     私は関西空港で李鋭さんを出迎えました。我々北京っ子の挨拶は、まず相手に「ご飯はすみましたか?」と聞くのが決まりです。こういう挨拶は最近ではあまり流行らないようですが、旅の疲れを落としてもらい、遠路はるばるやってきた友人を歓迎するためには、やはりまずは何か特別おいしいものをご馳走したいというのが私の気持ちでした。

     「日本料理はどうですか?」と私が尋ねますと、
     「いいね。でも、生ものは食べられないけれど」という答えでした。

     「OK。それじゃあ暖かいものがいいな。鍋物がいい。ちゃんこ鍋にしよう」

     その時は口にしませんでしたが、私は心の中でそう考えました。大阪市内に着いて荷物をホテルに置くと、すでに夕方でした。まずは、彼を法善寺横丁に案内しました。日本に20年住んでいる私にとっても、非常におもしろい場所です。

     横丁に着くと、ちょうど日が落ちて赤提灯がともりはじめた頃でした。雨上がりの濡れた地面に提灯の明かりが映えて、お月様まで映っていました。「夫婦善哉」の店のそばの水掛不動尊というお地蔵様の前で、突然李鋭さんが立ち止まりました。「この石のお地蔵さんは、どうしてこんなに全身青々と苔むしているんですか」と李鋭さんは私に聞きました。

     私にとって李鋭さんは、文章を書く人で、ずっと机に向かって仕事をしているというイメージでしたが、この時の彼はカメラを取り出すと、目の前の情景をひっきりなしに何枚も何枚も撮影していました。そうこうしているうちに、たくさんの日本人がこの苔むしたお地蔵さんの前に列をなしはじめました。

     男も女も、老人も子供も、拝む前にひしゃくを高々とかかげ、お地蔵さんの頭から水を掛けていました。ちょうちんの陰影の下で、水滴がちらちらと輝いていました。お参りをしている人々は、みなとても敬虔な様子です。それはまるで、「この石のお地蔵さんはなぜこんなに全身青々と苔むしているのか」という先ほどの李鋭さんの疑問に答えてくれているかのようでした。

     この情景が、一人の中国の作家と日本の情景との最初の接触であり、李鋭さんの興味、思考をかきたてた瞬間でした。同じアジアの、異なる文化がもたらす異なる好奇心と言っていいでしょう。その夜は、法善寺横丁のちゃんこ料理屋で夕食をとりました。国際交流基金の担当者のほか、私の友人である神戸外大の佐藤晴彦教授も同席しました。李鋭さんは興味津々の様子で、熱い日本酒もずいぶんたくさん召し上がりました。

     この講演会は、皆さんがアジアのなかの中国を知るチャンスであると同時に、中国が日本を知るチャンスでもあります。先ほどご紹介した情景のような、ごくありふれた情景が一人の中国の作家の好奇心をそそり、また旅先においてインスピレーションを与えるのです。

     最後に、李鋭さんの講演会にお越しいただいたこの会場の皆さまに、改めて感謝の気持ちを申し上げ、私のご挨拶を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。(了)